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「銀聖GINSEI」ブランド確立【佐藤勝】


「鮭街道」の三代目漁師

北海道:襟裳岬の沖は、黒潮と親潮がぶつかる「鮭街道」と呼ばれる海域。性質の異なる海流が良質のプランクトンを生み出し、多くの鮭が集まる北海道内でも有数の漁場です。

 

中でも銀毛と呼ばれる銀鱗に覆われた脂のりの良い秋鮭が水揚げされます。そんな銀毛鮭の中でも、厳しい基準をクリアした3.5kg超の銀毛鮭は「銀聖」と呼ばれ、道内でもトップブランドの一つとして、市場でも注目を集めています。

 

そんな「銀聖」ブランドの構築に取り組み、現在も日高定置漁業者組合副組合長を務めているのが、えりも町で三代にわたり漁師を営む佐藤勝さんです。

 

日高産銀毛鮭の危機

「今から20年ほど前、日高の鮭は道内一の値段を付けていました。しかし、その後の鮭・鱒増殖事業や、輸入物鮭により価格が下落し、日高の鮭の浜値は道内の平均レベルまで落ち込みました。ところが店頭で日高産と表示されたものは、他よりも高く売られていた上に、明らかに日高産ではない鮭が日高産として売られていたのを見たときに、『これではいけない!』と思いました。」

 

日高の銀毛鮭の危機に佐藤さんは立ち上がります。平成11年、佐藤さんは自らが所属する日高定置漁業者組合の理事会で日高産の銀毛鮭のブランド化を提案します。

日高の銀毛鮭は道内でも極上の秋鮭であると自負していた当時の会員は一様に、他の鮭と差別化できないことにくやしさを感じており、佐藤さんの提案は受け入れられました。

ブランド化への第一歩

「ブランド化の第一歩は、日高産の秋鮭を消費者に覚えてもらうために、ネーミングとキャラクターを、インターネットや新聞を通じて公募することでした。夕張メロンや白い恋人、ロイズのチョコレートなど、北海道のブランド商品は、ほとんどが本州から火がついたものなので、ターゲットを本州に定め、公募も全国を対象にしました。」

道内にこだわらず全国から応募を募った結果、全国から13,909通のネーミングと866通のキャラクターの応募が来ました。

 


 

「予想以上の反響に驚いたのと同時に、全国においしい鮭を食べたいと思っている人がこれだけいるのだという手応えにもなりました。そして、飲食関係者や行政など、各界から参加してもらった審査員の厳正な審査によって「銀聖」というブランド名と、銀色に輝く力強いサケの姿のキャラクターが選ばれました。

私も審査に先立ち、3日3晩かかってすべての応募者のネーミングとキャラクターに目を通しました。応募をしてくださった皆さんの思いがこもった作品ですので。」

 

必要なのは自分の足で歩くこと

ネーミングとキャラクターが決定した翌年の平成13年。佐藤さんが中心となって、銀聖プロジェクト委員会を組合内に編成し、新聞や広報誌への掲載、テレビ取材など、PR活動を始めます。また百貨店の催事や、門別競馬場で銀聖のおにぎりサービスなどを通じて、消費者と直接やり取りをする機会ができました。

 

 

「PR活動では単に銀聖ブランドのPRではなく、銀聖を通じて地域経済の発展の想いも伝えました。

また、以前は、我々漁師がお客様と会話をするという発想はありませんでしたが、催事やイベントを通じて全国各地を回り、お客様と直接お話しをすることで、お客様の反応がダイレクトに返ってくることは「銀聖」プロジェクトの何よりの糧となりました。

ブランドを確立するには確かに資金がかかります。でも、文章で知らせても、テレビで放映されても、それだけでは駄目です。必要なのは自分の足で歩くことだと思います。」

 

佐藤さんのその言葉には、実践に裏付けされた自信が溢れています。

 

 

 

終わりに

佐藤さんを始め、プロジェクト委員会のメンバーは漁師の仕事と並行して銀聖プロジェクトに取り組んでいます。イベントのため、定置網の解禁日に札幌に出向くなど、個人の事業に影響が出ることもあります。

「この取り組みは、個人の利益のためではありません。日高は鮭や昆布をはじめ、漁業に依存している町です。銀聖プロジェクトに取り組むことで、大変なときもありますが、将来の日高、ひいては北海道全体の漁業の発展につながればと思っています。何もやらずに駄目になるよりは、何でもやってみることで可能性が出てきますからね。」

「銀聖」がブランドとして確立されたのは、佐藤さんたちのたゆまぬ努力と、失敗を恐れない未知への挑戦があったからこそだと改めて感じました。

佐藤さんの銀聖商品