名物、名産と言われ続けるために必要なものがある。【上村純正】
日本屈指の蒲鉾の産地
神奈川県小田原市。北条氏の拠点として栄えた城下町は、江戸時代に宿場町として発展しました。そんな小田原の名物として第一に挙げられるのが、「小田原蒲鉾」です。江戸時代後期の天明年間に、前浜で獲れた豊富な魚の保存利用として、小田原で蒲鉾づくりが始まったと言われています。以来220年にわたり小田原は、日本屈指の蒲鉾の産地として知られています。
その小田原で、小田原蒲鉾の命である「魚、水、技」にこだわり、今も昔ながらの伝統的な製法で板付き蒲鉾を製造しているのが、明治11年(1878年)創業の小田原蒲鉾の老舗:山上蒲鉾です。
果敢なる挑戦と転身
「山上蒲鉾の発祥は江戸の元禄時代(320年以上前)と言われています。もっとも、その頃は蒲鉾屋ではなく米屋をやっていたんです。
初代から六代目までは米屋を継いでいたのですが、六代目の代に子供がいなくて両養子をとることになり、その時に網元の子供だった七代目の藤五郎が養子に入ったんですよ。その藤五郎が明治11年(1879年)の春に米屋を廃業して、その年の秋に鮮魚兼蒲鉾屋を始めたんです。網元の息子だから、自分が魚屋を経験していたからというのがあったんでしょうね。」
そう語るのは、山上蒲鉾の十一代目社長:上村純正さん。当時の米屋と言えば、越後屋に代表されるように安定した商売でした。
そこから蒲鉾屋への転身というのは思い切った決断だったと思います。
小田原の水
それから大正、昭和と経て現代に至っているのですが、長い歴史の中で山上蒲鉾がこだわり続けている部分はどこでしょうか?
「生のグチを使うというところもありますが、何よりもこだわっているのが小田原の水です。小田原沿岸の水は小田原蒲鉾の製造に非常に適しています。その生の魚をその水でさらすというところが一番重要なところなんです。
うちでは地下100mの井戸水を使用しているのですが、この水には、カルシウムとマグネシウムが多く含まれています。それとは別に、地下20~30mくらいの浅いところからも、水を取っています。それを混合して、さらしの水に使っているのですが、浅井戸の方は多少海水が差し込んだ水で、そこにはナトリウム分が多少含まれています。この水で魚をさらすことによって、タンパク質の結合度が良くなって、弾力のある品質の良い蒲鉾が出来上がるんですよね。
ちなみに、今では小田原沿岸の水を使って、水さらしをしているのはうちだけです。」
なるほど、小田原蒲鉾には、やっぱり小田原の水が合うという事なんですね。
名物、名産に必要なもの
「やっぱり小田原の蒲鉾というのは、品質の良さで皆様に買っていただいていると思うんですよね。
江戸時代から小田原で蒲鉾作りが始まって、蒸し蒲鉾は小田原が原点で、蒸し蒲鉾の製法は「小田原式」って言われるんですよ。
そんな先人たちが品質本位で作り上げてきた結果、小田原蒲鉾といえば高級で良いものだと言われるようになり、今の小田原蒲鉾の地位があるんです。そんな先人たちが築き上げてくれた、小田原蒲鉾の伝統製法をきちっとやっていかないと、小田原蒲鉾の価値が無くなってしまうと思うんです。
じゃあ、どこにこだわるかって言ったら、生の魚と良い水を使うってことが一番の原点ですから。やっぱりそこにこだわらなければ小田原の蒲鉾ではないと思っています。それが無くなっちゃったら、どこで作っても一緒じゃないですか。」
名物、名産と言われ続けるために必要なものがある。
これぞ小田原蒲鉾というこだわりが上村さんの言葉には溢れています。
本物の味にこだわり続ける
そんな上村さんのこだわりとは裏腹に、巷では安価で大量生産された蒲鉾が台頭している現状に、上村さんは蒲鉾の危機感を抱いています。
「スーパーで、100円位で売られている蒲鉾があると思うんですけど、あれはリテーナ(金型)成型の蒲鉾なんです。リテーナ蒲鉾は、冷凍すり身のタラなどの原魚100kgに対して水を200kg入れて限界まですり身を水延ばしして作りますから、金型に入れて蒸さないと形にならないんです。それだけの水が入るってことは魚の味も薄まり、そのため、あとから何かを足して味を付けなければならず、またプリッとした弾力を出すために、でんぷんやゲル化剤で補ったり。そんな蒲鉾が多く出回っているので、蒲鉾って添加物の塊と思ってる方も結構いらっしゃるんですよ。
そんな時代だからこそ、うちは逆に常に生の魚にこだわって、化学調味料を使わないで自然な味を出すような蒲鉾を作っていきたいなと思っています。健康を重視される方も年々増えてらっしゃるわけですから、そういう意味では化学調味料無添加という商品は必要だなと感じています。化学調味料を入れなくてもおいしく感じられるような、そういう蒲鉾を作っていかなきゃいけないと。」
安価なリテーナ蒲鉾が台頭する時代だからこそ、本物の味を追い求める姿が上村さんにはあります。
基本に忠実に
「ちょっと食べてみませんか?」と勧められて、目の前の板蒲鉾を一切れいただいてビックリ!歯を押し戻すかのような食感と弾力が全然違います。しかも魚の旨みだけでここまで味が出せるのかというくらい、噛めば噛むほど味が出てきます。この蒲鉾を食べてしまうと、スーパーで売っている蒲鉾は一体何なんだろうと思ってしまいます。
「この魚の旨みも生のグチを使用しているからです。グチは魚に力があり、弾力や旨みが出るのでこの味が出せるのです。冷凍のすり身だけだと、ここまで味が出ません。ただ、生のグチを使えば、いつも良い食感が出るのか言えば、そうではないんです。その時の魚の状態によって食感が変わってくるんですよ。ですので、魚の大きさだとか、時期だとか、獲れる海域だとかによって、その魚の身質をある程度把握した上で、現場に届いた原魚を見て、水さらしや練り上げの段階で調整します。さらに一回小さい蒲鉾を作って蒸し上げ、状態を確かめた上で成型機に流すんです。やっぱり経験だけでは品質のブレが出ますので。品質を確かめても機械に流すと、それでもぶれることがあります。」
常に最高の状態でお客様にお届けするため、基本に忠実に取り組む真摯な姿勢が、全国蒲鉾品評会の最高品賞「農林水産大臣賞」を通算5回受賞という結果に表れています。
地域に根付いた取り組み
そんな小田原蒲鉾の伝統製法を一途に守り、蒲鉾製造に勤しむ上村さんですが、一方で新しい取り組みもおこなっています。
「小田原や平塚で水揚げされる、カマスやシイラなどの原魚を使って蒲鉾を作る試みをおこなっています。小田原市の、「小田原の魚を広めたい」という取り組みがきっかけで、小田原蒲鉾組合でも、「小田原の地魚を使って蒲鉾を作っていこう」という取り組みが進んでいます。さらに板付け用の板には、小田原の久野山の間伐材を使っています。うちは小田原の水を使っていますから、100%小田原原料の小田原蒲鉾が作れるんです。化学調味料を一切使いませんから、今後は魚の魚種によって違いがはっきり分かるような、そんな個性が出るような蒲鉾を作っていきたいと思っています。」
100%小田原産の原料を使って。そこには上村さんの「小田原という地域を一体となって盛り上げていきたい」という思いがあります。
三兄弟の「根っこ」
山上蒲鉾は、長男の純正さんが社長、二男の佳正さんが専務兼工場長、三男の英夫さんが常務兼営業総責任者と、三人兄弟で切り盛りされています。
「やっぱり兄弟ですからね。お互いに信頼関係や、あうんの呼吸があるっていうのは良いですね。ただ、それぞれが会社を良くしたい気持ちが前面に出て、ぶつかり合うというのは結構あります。でも、それはあって当たり前だと思っています。兄弟とはいえ、考えは違いますから。でも『大量生産して規模を広げていくというやり方ではなく、今まで培ってきたものを継続して、こだわってやっていく』という、根っこの部分はみんなが持っています。ある程度の規模になってしまうとこだわり切れない部分が出てきます。限られた原料の中でこだわりの部分を継続していくのは難しい。そこはみんなが理解していると思います。」
山上のこだわり。代々受け継がれてきた職人気質は三兄弟にも脈々と受け継がれています。
終わりに
「今、息子が他店での修業を終えて現場に入っています。息子には、小田原蒲鉾の伝統的な製法をきちっと守ることが一番大事なことだと教えています。ただ、伝統を守るだけではなく、伝統を守りつつ地域に根付いた新しいものを生み出してほしいと考えています。」
小田原蒲鉾の伝統を頑なに守りつつ新しいことにも挑戦する。
上村さんの温故知新の根底には、100年以上にわたり継承された、小手先ではない卓越された技術と、本物の小田原蒲鉾を作り続けるという、小田原の水のように澄み切った、揺るぎない信念を感じました。
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