旨さに最高級の素材は必然【久留島克彦】
「醤の郷」小豆島
醤(ひしお)とは塩を加えて発酵させた塩蔵品の総称のことで米や豆を発酵させた「穀醤」が醤油の原型をいわれています。
醤油・佃煮工場が軒を連ねる小豆島は「醤の郷」(ひしおのさと)と呼ばれています。ここ醤の郷では、明治時代に建てられた醤油工場やもろみ蔵が、今も現役で活躍しています。
そもそも佃煮作りがなぜ小豆島で盛んになったかといえば、戦後、食料難の中、辛うじて小豆島で作られていた醤油を使って、何か食べる物ができないかと芋のつるを煮たことが始まりだそうです。
それが今では、オリーブ・醤油・そうめんと並んで称される産業として、
島の人々の生活を支えています。
昔ながらの直火炊き製法
朝8時。明治中期に建てられた、有形登録文化財にも指定されている醤油蔵をそのまま残した建物の周囲は、すでに甘辛く香ばしい醤油の香りに包まれていました。
薄暗い作業場に入ると、ほんのり湯気が立つ大きな釜の前を行ったり来たりする、久留島克彦さんの姿があります。
聞けば、朝の6時頃から製造を始めているのだとか。
この日の小豆島の気温は36℃。おそらく作業場内の温度は40℃を超え、立ち上る湯気が容赦なく久留島さんに吹き付けます。
そんな酷暑の中、早朝から佃煮を作っている久留島さんは、汗でびっしょりになりながらも作業場内を行き来していました。
久留島さんが社長を務める小豆島食品は、昭和30年3月、先々代のお祖父様の代に佃煮造りを開始しました。
それから半世紀以上の歳月が流れていますが、製法は今でも設立当時のままの「直火炊き製法」を守り続けています。
直火の強い火力でじっくりと炊き込むため、出来上がりは抜群に美味しい直火炊き製法ですが、少し目を離すと佃煮が焦げてしまいます。
焦げてしまうと商品にならないことから、佃煮が炊き上がるまでの3時間、久留島さんは片時も釜の前を離れることはありません。
「その日の気温や湿度によって、炊き上がりが全然変わってくるんですよ。だから、火加減を調整したり、かき混ぜるタイミングを変えたり。そうやって釜の中の素材と会話してるんです。やはり直火でないとこの味は出ませんから。」
そう話しながらも、久留島さんは立ち止まることなく、作業場内を歩き回ります。
品質にこだわる
「うちみたいに小さな佃煮屋が大手さんと同じやり方でやっても勝てません。それにカラメル色素や、人口の甘味料や保存料を加えた佃煮を作りたいとも思いません。
我々は昔ながらの直火炊き製法、そして品質にとことんこだわって、『本物の佃煮』を作り続けていきたいのです。それは大手さんにはできない事ですから。」
そう語る久留島さんは、とにかく品質にこだわります。
そのこだわりの最たるものが、佃煮の味の元となるダシと調味料にあらわれています。
最高級のダシと調味料
醤油は小豆島産ヤマロク醤油の三年仕込の鶴醤(つるびしお)を使用。
ヤマロクの醤油は登録有形文化財の蔵の中で、三十二石(約6,000L)の大杉樽に仕込み、天然醸造された昔ながらの逸品です。
一般的に高級醤油は,食塩水に大豆と小麦で造った麹を仕込み、一年以上管理してできた諸味を搾って造られます。 この「さいしこみ」は、出来た高級生醤油の中へ、再度、大豆と小麦で造った麹を仕込むと出来る、約2倍の原料と歳月をかけた非常に濃厚な醤油です。
そして砂糖は鹿児島産喜界島(きかいじま)産100%のさとうきびを使用。
喜界島は、隆起サンゴ礁からなる、さとうきび造りに最適な強度のアルカリ土壌。このため日本でも高い糖度を誇る良質な黄金色の粗糖ができます。
粗糖とは、精製されていない原料糖のことで、サトウキビの絞り汁を煮詰めて結晶を取り出し、この結晶と結晶にならなかった溶液を遠心分離機にかけることにより作ることができます。
ダシとして使用している北海道利尻産の昆布はクセがなく澄んだ上品なダシがとれるのが特徴。ダシをとったら超一流と名高い定番昆布です。
また、カツオだしは鹿児島枕崎産の最高級鰹節から取ったダシを使っています。
最高に美味しい佃煮を作るために一切の妥協はありません。
羅臼昆布
羅臼昆布は、真昆布・利尻昆布と並び3大高級昆布のひとつで、地元でも手に入りにくいほど稀少な昆布と言われているもの。
羅臼昆布には一等、二等などの等級があるほか、「黒」と「赤」、「走り」と「後取り」と品質を表す重要な要素があります。
「天然」「黒」「走」のものは、稀少な羅臼昆布のなかでも最高級ランクに位置する、なかなか手に入らない「高級昆布」で、15kg入りの箱で10万円もする代物です。
「素材本来のうまさを知って貰いたくて、無添加佃煮を作り出した時からです。本来の旨みは食材そのものの旨みなんだと気付きました。それで、その旨さを追求していくうちに、必然的に最高級の素材を使うようになったんです。」
最高級の食材を使いながらも、久留島さんの言葉には飾り気の一つもなく、ただ純粋に美味しい佃煮を作りたいという気持ちが言葉からにじみ出ています。
よくぞ日本人に生まれけり
炊き上がった佃煮はキラキラと輝き、素晴らしい光沢を発しています。
そんな炊き立ての佃煮を熱々のご飯にかけて頂くと、醤油の香り、砂糖の甘み、ダシの旨みが食材が持つ味を最大限まで引出し、ご飯との相性抜群で、「ああ、よくぞ日本人に生まれけり」と心から思える瞬間です。
市販の佃煮とは明らかに違う、素朴ながらこだわり抜いた美味しさがそこにはありました。
終わりに
「私は特別なことをしているつもりはないんです。
昔ながらの直火炊き製法にこだわるのも、最高級といわれる食材を使うのも、ただ純粋に美味しい本当の佃煮が作りたい。そしてその佃煮をお客さんに食べて頂いて、喜んでいただけたら、これほど嬉しいことはありません。
世の中が今より便利になって、流通がもっと発達したとしても、私は今の『本当の佃煮作り』を変えるつもりはありません。
この小豆島の地で、より美味しい佃煮を作る努力を続けたいと思います。佃煮は日本人の食文化の一つですから。」
そんな物静かな久留島さんの商品に対するひた向きな想いが、この佃煮すべてに込められています。
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