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生み出したぶどうがいつまでも愛される存在であってほしい【志村晃生】

甲府盆地の東部に位置する山梨県笛吹市。御坂山塊や秩父山地を背に広がる扇状地は、土壌が肥沃で排水が良く、長い日照時間と昼夜の寒暖差を活かした果樹栽培が盛んです。

一大果樹王国:笛吹市を代表する果実として、桃と並び日本一の生産量を誇るのがぶどうです。
山梨のぶどう栽培の歴史は古く、一説によると、1,200年以上前から栽培されていたと言われています。
春から夏には若葉から青葉へ、秋から冬には紅葉の濃淡が日に映える、色彩豊かな笛吹のぶどう畑が織りなす四季の風景は、その美しさから日本遺産にも認定されています。

そんな笛吹のぶどうの中でも“次世代ぶどうの先駆者”として、「富士の輝」をはじめ、高品質な品種を育種・栽培しているのが志村葡萄研究所の志村晃生さんです。

志村葡萄研究所

「うちは私の父:富男が葡萄栽培開発を専門に設立した研究所です。父は大手ワインメーカーで34年間勤務した後、ぶどう栽培開発に専従したいという思いから、この笛吹に育種を専門にした研究所を設立しました。

父の長年にわたる研究の中で、様々な品種のぶどうが開発されました。開発された品種を育種・栽培し、ごく少量ですが販売もおこなっています。」

志村さんの研究所で生み出された品種は実に30種類以上。特に生食用のぶどうは糖度が高く、その味わいの良さが口コミで広がり、遠方から買いに来るお客様も多いのだとか。

 

あと引く旨さが癖になる

「ぶどうは他の果物と違って中毒性が強い食べ物なんですよね。『口がさみしくなるから』とか『無いと落ちかない』とおっしゃるお客様も結構いらっしゃいます。

うちの富士の輝を食べたお客様が、他の品種も食べてみたいといって、シーズン中に全品種を購入されたお客様がいらっしゃいます。またシーズン中に2~3度園地にいらっしゃるカップルの方は、毎回10房単位で購入されていかれます。それだけうちのぶどうを気に入っていただけいているようです。

2022シーズンは天候不良で着色ぶどうがほぼ出荷できなかったので、出荷できない旨をお客様にお話ししたら『志村さんのぶどうを食べたいから節約してやってきたのに、本当に残念です。』とのコメントも頂戴して、本当に心苦しく思いました。」
出荷できない旨をご案内していく中で、どうしても志村さんのぶどうを食べたいというお客様もいらっしゃり、『それだけうちのぶどうを楽しみにしていただいているお客様がいらっしゃるので、毎年気が引き締まる思いです。』とおっしゃる志村さん。それだけ志村さんのぶどうにかける期待の大きさが顕われています。

 

富士の輝の親:特濃品種「ウィンク」

「うちのぶどうは味が濃くて余韻が長いのが特徴で、これが他の研究所さんと一番違うところです。

この味の違いを生み出しているのが、うちで開発した【ウィンク】という品種です。

ウィンクは味の濃さが非常に強い品種で、ウィンクをかけ合わせることによって、味が濃く、それゆえに口の中に残る余韻が長いんです。

【富士の輝】に至っては、逆に食べ終わってからが美味しいんです。飲み込んで、本当に3分でも5分でも余韻が口の中に残っている。こんなぶどうは日本中探しても他には無いと思います。」

飲み込んだ後も美味しい。ぶどうに限らず果実にはなかなか無い味わいで、それだけウィンクという品種のポテンシャルが優れている証拠です。

 

 

KAJUブランド

「うちは一般の農園とは違って「研究所」ですから、栽培量も非常に少ないです。

富士の輝にしても、うちからはほとんど出せなくて、購入に関しては抽選と言う形です。

せっかくうちで美味しいぶどうを作り出しても、世に広まる機会が無ければぶどうたちもかわいそうです。

ただ、たくさんのぶどうは栽培できないという、そんなジレンマを解決しようと思い、2023年から『KAJU』というブランドを立ち上げました。

KAJUでは、うちの開発したぶどうの苗木を他の農家さんにも栽培していただくことで生産量を増やし、また、選別基準を厳格にすることでブランド価値を維持し、安定した品質と流通量を確保することができるようになります。」

「うちで開発したぶどうを多くの方に食べていただきたい。」志村さんの長年の思いが形になった瞬間でした。

 

迫りくるブランドの危機

「KAJUブランドで最も大切にしているのは品質です。ぶどうに限らず『美味しい』と評判になると、途端に流通量が増え、それに伴い品質が下がります。

シャインマスカットが顕著な例で、デビューから数年は非常に人気でしたが、栽培が比較的容易なため、海外でも栽培されるようになり、今ではどこでも食べられるようになってしまいました。

流通量の拡大と共に味にもばらつきが出るようになり、美味しくないシャインマスカットが大量に流通しています。

富士の輝でも一部そんな状況が見受けられ、一部の農家さんは身に色が付かず味も乗らないうちに収穫して、市場に安い値段で出してしまう。
【富士の輝】という品種であることに変わりはないから、店頭で安く売られているのを買って食べたお客様が『富士の輝ってあまりおいしくないね。』と思われてしまう。うちが開発したぶどうが、流通の過程でそんな評価を受けるのが非常に悲しいです。」

昨今、日本の果実が海外から注目されています。そんな中、シャインマスカットに限らず、多くの品種が同様な形でブランドの危機を迎えています。

 

百聞は一見に如かず

『本当の富士の輝はめちゃくちゃおいしいんだ!』そう思ってもらえるよう、出荷の基準は厳しくさせてもらっています。
特に最高等級の【輝】に関しては、私が一房一房確認して『これは素晴らしい!』と思うものだけを認定しています。

開発元であるうちが苗木を出している以上、品質的に劣ったものを出すわけにはいきません。
選別基準は厳しく明確な形を設けています。
一般的な選別基準はA~Cランクがあり、通常、農家さんは自分でランク付けしたぶどうを選果場へ持っていき、そこで検品をしてもらいます。ただ、検品過程がオープンになっていない上に、農家さんにはランクの結果しか知らされず、結果に対して何も言えないのが一般的です。
そのため、『10房をAランクで持ち込んで検品をしたら、10房中3房がCランクでした。その理由は分かりません。』ということも起こりえます。

 

今回うちが導入した選別方式は、農家さんがAランクで持ち込んだ中でも良い物があれば、特別にSランクとして認定する形です。

選別には明確な基準を設けていて、例えばAランクは房ぶりがすべて整っている。Bランクは1.2粒欠けと言った形です。
検品作業はすべて農家さん立ち会いの下、目の前でおこなうため、農家さんもどうしてランクが変わったのかが明確に分かる形になっています。

さらに、Sランクになった場合には当然買取値も高くなりますから、農家さんも良い物を作ろうとやる気になってもらえるかなと思っています。」

明確な選別基準を生産者に提示。基準を元に目の前で選別。選別結果の理由を生産者立ち会いの下でしっかり説明しています。

志村さんが厳格でありながらガラス張りの選別をおこなうのは、生産者への思いがあってこそです。

 

日本一高いけど日本一美味しいぶどう

「特に着色系のぶどうは栽培技術が必要なため、味の差が顕著に出やすいことから、うちが選別をおこなうことで、製品に開発者としての保証を付けられます。育種~選別~出荷まで厳しい基準を設けているので、KAJUのぶどうは価格が高いです。おそらく日本一高いぶどうになると思います(笑)

ただ、お召し上がりになったお客様の百人が百人必ず『このぶどう本当に美味しい!』と思えるもの、日本一美味しいぶどうをお届けしたいと思っています。これは開発者であるうちしかできないことですし、使命だと思っています。」

「日本一高いけど日本一美味しいぶどう」という言葉に、志村さんの品質に対する絶対の自信が顕われています。

 

見た目の良さ=美味しさではない

「余談になりますが、ぶどうは見た目が良さが重視されますが、多少は房が崩れていた方が実は美味しかったりします。特にシャインマスカットが一番良い例だと思います。

贈答用に玉がパンパンに張って青々としたシャインマスカットを見かけますが、実はああいうシャインマスカットは味が乗っていません。
玉を短期間で大きくするにはホルモン剤を使います。実に糖度が入って完熟する前に玉を大きくするので、皮が固い上に味の薄いシャインマスカットが出来上がります。
玉張りは小さくても、くすんだ若草色のシャインマスカットの方が美味しいです。ですので、園地まで来ていただいた方にはこちらのマスカットをおすすめしています。」
見た目に美しいが必ずしも美味しいという訳ではない。志村さんの言葉に広尾のスーパーで販売されているシャインマスカットは、どれも若草色のくすんだ色をしているのを思い出しました。

 

終わりに

「KAJUは今のところ山梨県内だけの展開ですが、今後は新潟や山形、岡山などをはじめ、全国に展開していきたいと思っています。

ただ、現状『輝』選別は私しかおこなっていないため、いくら岡山で良いぶどうを作っても、選別のためだけに山梨まで配送となると時間的なロスが生じてしまいます。
そのため、将来的には私と同じ感覚で選別ができる人を育て、その方が地域の責任者として選別をおこなう必要があります。

このモデルケースを広げていくことによって、全国のぶどう農家がクオリティの高いぶどうを作れば高値で買い取ってもらえます。
また、我々が品質保証をおこなうことで、小売店も安心してお客様へお届けができます。そして、お客様は本当に美味しいぶどうをいつでも食べられることができます。
いわば『三方よし』の関係が構築できたら、これほど育種家冥利に尽きることはありません。」

志村さんの根底には、育種家としてこの世に生み出したぶどうたちが、多くの人にいつまでも愛される存在であってほしいという思いが込められています。