水はけの良い土が、最高のさくらんぼをつくります。【今田光博】
「さくらんぼ王国」山形
太陽の光をいっぱいに浴びて艶やかに色づいた真っ赤な実、甘酸っぱい風味と可愛らしい姿は、初夏を告げる風物詩として皆様から愛されています。
山形県内でさくらんぼ栽培が始まったのは明治9年のこと。その後さくらんぼ栽培は山形県内で普及し、官民一体となっての努力も実り、全国生産量の約7割を占めるまでになりました。
近年も山形県のさくらんぼ栽培面積は増えていて、平成18年には「さくらんぼ狩り」に約70万人もの観光客が訪れた「さくらんぼ王国」です。
河北のさくらんぼ
河北町は、西には万年雪を蓄えた月山を臨み、それを源とする山形の母なる川・最上川と、清流日本一にも選ばれた寒河江川の、二本の河川から山のミネラルが流れ込み、肥沃な大地を作り上げています。
山形を代表する果実であるさくらんぼ。その代表的品種:佐藤錦は、発祥の地の東根が有名ですが、寒河江川、最上川が交わることで、河北町のさくらんぼは「味が濃くておいしい」と、地元山形の人たちからも根強い人気を誇っています。
そんな河北町の中でも、とりわけ肥沃と言われる最上川と寒河江川の合流近くの川沿いに今田俊蔵さん、光博さん親子のさくらんぼ農園はあります。
この果樹栽培に恵まれた地域特性を生かし、今田さん親子は愛情と手間暇を惜しまず、さくらんぼ作りに情熱を注いでいます。
土と太陽が美味しいさくらんぼを育む
「河北のさくらんぼが美味しいのは、一にも二にも土なんです。」
光博さんのお話では、昔、寒河江川の氾濫によりこの地域に流れ込んだ砂利が、今も土の下で排水を良くするという大切な役割を果たしているのだそう。
河北のさくらんぼは「見た目、味、日持ち」と共に優れていることで知られています。
「これもやはり排水がいい土のおかげ。雨が降っても水はけがいい土は、ギュッと実のしまった、最高のさくらんぼをつくりだしてくれます。この土こそ、河北の宝物ですね。」
さくらんぼは排水が良くないと良質の実にならないことから、県内でもこれだけ恵まれた土地は他にないそうです。
また土地だけではなく、自然環境もおいしいさくらんぼづくりに適しているのだそう。
その理由は、果物に必要な「寒暖の差」と「太陽の光」です。
「山形の6月は、日中は太陽の光が降り注ぎ、暑いくらいですが、夜はぐっすり眠れるほど涼しいんです。また、冬の寒さも必要で、河北のこの気候がおいしいさくらんぼを育ててくれるんです。」
そんな環境に恵まれた今田さんの農園ですが、甘くておいしいさくらんぼが出来るためには自然環境の他に、色々と手間をかけてあげることが大事なのだとか。
毎日3時出勤の散水作業
さくらんぼ栽培は、花が咲く前の芽欠き作業からはじまります。
「適度な花芽の量にしないと、養分が分散され、大きい実に育ちませんし、さくらんぼの実が重なると、日の当たる所が限定されてしまい、着色不良(半分赤く、半分黄色い)をおこす原因になります。」
そして怖いのが霜。
山形では春先でも早朝に霜が降りるため、防霜対策として、防霜ファンと併用して散水をおこないます。
「霜が降りると、花芽が一種の冷凍焼けを起こす状態になります。地表温度をマイナス以下にならない様、井戸水をポンプで汲み上げて、散水を行う事で、さくらんぼの樹を守ります。花芽が膨らんでくる時期が一番危険なので、雨の日以外は毎日3時出勤です。」
根気のいる受粉作業
さくらんぼの花が満開になると、受粉作業の季節です。
「さくらんぼは、他の品種の花粉がないと実がならない果物です。例えば、『佐藤錦』というさくらんぼの受粉には、相性のいい『高砂』や『ナポレオン』というさくらんぼの品種の花粉が必要です。
さくらんぼの花粉は風では飛ばないので、受粉はまめこ蜂を放し飼いにする方法と、人の手で毛バタキを使う方法などを組み合わせ、確実に受粉させます。
根気のいる作業ですが、受粉樹が多ければ多いほど結実がよく、おいしい実がなるので、手間を惜しんではいられません。」
水分補給をしながらの反射銀シート作業
さくらんぼの実がなると、不要と思われる枝や葉を落とし、小さなさくらんぼたちに光が十分にあたるように気づかいます。
「剪定をすることで実も大きく育ち、赤みも増します。もちろん地面には反射銀シートを敷きつめて、上からの光を反射させ、さくらんぼの下にもまんべんなく色をつけるよう促します。やはり赤いさくらんぼの方が、糖分が多くておいしいんです。
ただ、さくらんぼも上から下からと光を当てられ、とても暑いでしょうが、作業をする我々もとても暑いのです。
腰にペットボトルをぶら下げて水分補給をしながらの作業になりますが、おいしいさくらんぼを収穫するためには欠かせない作業になります。」
恐怖の雨よけビニールシート作業
さくらんぼの実が雨にあたると実割れ(さくらんぼの身がぱっくりと割れてしまうこと)してしまうので、実割れをおこさないように、さくらんぼの木全体をビニールシートで覆って雨よけにするのですが、この作業が光博さんにとってはかなり大変なのだそう。
「ハウスの高さはおよそ7mあり、実は私、高所恐怖症なので、この作業がかなり辛いというか怖いです。まごまごしている私の姿を見かねて親父が手伝いに来てくれるのですが、高い所をまったく気にしない親父は、ヒョイヒョイとハウスのてっぺんに昇って作業します。私もめげずに、必死に捕まりながら作業をするのですが、作業量は親父の半分位です。」
また今田農園では、ビニールシートを『毎年新品に交換』することが大事だと光博さんは言います。
「古いシートを使うと劣化と汚れで、太陽の光を通しづらくなるので、多少コストがかかっても、新品のシートを使います。おいしいさくらんぼを作るためには、費用を惜しんでいられませんから。」
繊細で緻密な収穫作業
やっとのことで収穫ですが、さくらんぼ作りで一番大変なのは収穫作業なのだそう。
「1個1個色づきを確認し、軸ごとそっと手でもぎ取ります。小さなさくらんぼを一個一個傷つけないよう摘み取る作業はなかなか大変ですが、収穫の喜びの方が大きいですね。手塩にかけた娘達が立派に育ったなって感じで。」
収穫されたさくらんぼは手と目で、割れがないか、もう一度1個1個確認し、サイズ分け・色づき分けをしてから、箱詰め・パック詰めされます。箱詰めともなると、向きをそろえ、粒をそろえながらの熟練した腕も必要になるのだとか。
箱詰め作業は、手先の器用な光博さんの奥様(由香さん)が担当されているそうです。
果樹園の宝石
「さくらんぼは最初から最後まで人間の手をかけてやらないと美味しくなりませんからね。」と、笑顔で答える光博さん。
収穫の後も肥料を与えたり、冬のさなかの枝の剪定、芽かきと続き、1年中世話をする。
赤く艶やかな小さい実から、「果樹園の宝石」といわれるさくらんぼですが、その裏には、今田さんのような生産者の方々のたゆまぬ努力の結晶も表現されているのかも知れません。
今田農園のさくらんぼはこちら
佐藤錦
紅秀峰
終わりに
光博さんは新しい試みにも積極的に取り組んでいます。
佐藤錦より、大玉で甘みが強く、はじけるような食感とたっぷりの果汁が魅力で、新品種として注目されている「紅秀峰」を導入。
また、開花時期の受粉に必要な「まめこ蜂」を食べてしまうスズメやムクドリを追い払うため、最新装置を設置。
さらに、新しい販路として、ゲーム会社と提携し、プレイヤーが仮想空間で栽培したさくらんぼを、現実空間で提供する取り組みも始めました。
「昔ながらの作業方法を重んじる親父とは、時には意見の食い違うこともありますが、二人とも河北町のさくらんぼを広めたいという思いは同じです。これからはインターネット販売を通じて、全国のお客様に助言をいただき、より一層河北町のさくらんぼを広めていきたいと思っています。」
「道は違えど思いは同じ」
伝統を重んじる名人の父の思いは、革新を起こす息子に引き継がれています。