日本の食文化を守るのと一緒やと【辻田浩之】
大阪:堺の薬味職人
大阪:堺市のはずれの西高野街道は、東に延び、河内長野市で京からの東高野街道と合し、紀美峠、紀ノ川を経て、真言密教の聖地高野山に至ります。昔、瀬戸内海を舟行して、堺港に上陸した西国からの高野参詣客で賑わった街道です。
その西高野海道に位置する福町(現堺市)は、山から山の難所を越え「おわり坂」を経て、道は平坦となり、参詣客の一服の茶店場所として栄えたところです。
「鷹の爪」特産のこの地で、薬味三昧の境を求め続けた初代の思いを受け継ぎ、和風香辛料作りにはげんでいるのが、今回のあじびと「やまつ辻田」四代目の辻田浩之さんです。
1kg350円から1万円のものまで
七味唐辛子とは、書いて字のごとく、7つの原料を粉に挽いて調合した混合香辛料。
私たちにとって、とても身近なものですが、その実はとても奥深く、原料やその挽き方、そして配合の割合などによって、香りも風味も味わいも大きく変わります。
「七味唐辛子はそれこそピンからキリまであります。一般的に、牛丼屋さんで出る七味唐辛子は1kg350円くらい。近所のうどん屋さんで出される七味唐辛子が1kg1000円くらいです。でもうちの七味唐辛子は1kg1万円もします。なぜこんなに値段がちがうのか。それはうちが原料にトコトンこだわっているからです。」
そう語る辻田さんの七味唐辛子のこだわりをうかがいました。
あれもこれもが【鷹の爪】にあらず
「まずは一にも二にも唐辛子です。うちで使っているのは、【鷹の爪】です。」
鷹の爪?鷹の爪なら、一般家庭にもごく普通に置いてあるのではと思いながら、辻田さんが見せてくれたのは、普段目にする唐辛子よりも、かなり小ぶりで皮が薄い唐辛子。
「この唐辛子こそが本当の【鷹の爪】なんです。皆さん、赤唐辛子のことを何でもかんでも【鷹の爪】と呼んでるでしょ。でも【鷹の爪】は江戸時代のかの有名な天才学者:平賀源内によって名付けられた、何百種類とある唐辛子の1品種に過ぎないんです。
現在、一番世界制覇しているのは、天津の【天鷹】という品種で、99.9%が天鷹と言っても過言ではないです。元の種は【三鷹】といって、これらの唐辛子は房のように生えるので、ようけ獲れるし、これはなんぼでもあります。
日本の国に存在する【鷹の爪】は1つずつ生える。これがないんです。
何故ないかと言えば、収量が非常に少ないんです。【鷹の爪】は、房のようにならないから、6000本摘み取っても1kgにしかなりません。1人が10時間で摘める量は3kgが限界です。だから日本の各地から鷹の爪種という品種が消えたんでしょうね。
でもこの【鷹の爪】辛さが天鷹の三倍。この辛みがないと風味豊かな七味唐辛子はできないんです。」
そう熱く語る辻田さんの【鷹の爪】に対する思いは尋常ではなく、
「一言で言えば、【鷹の爪】に恋してるんやね。」と笑っておっしゃいます。
そんな辻田さんから、唐辛子の辛みを引き出す方法も伝授していただきました。
「唐辛子が辛いのは皮の内側の胎座(たいざ)。胎座の辛さが種に移るので種が辛いと思われてますが、種自体は辛くないんです。
一番経済的なのは、一個使わんと半分にして、種は取って、ごま油で炒めたら、辛みと香りがごま油に全部つく。その油できんぴらごぼうやら、ペペロンチーノ作ったら最高ですわ。」
なるほど勉強になります。早速実践してみたいと思います。
色の朝倉、香りのぶどう
次のこだわり原料は山椒。
「山椒は和歌山:清水町のぶどう山椒と、今年日本の国に10トンしか取れなかった山山椒の原種で、海抜1000mの所で育った、山朝倉山椒を合わせて使ってます。
山椒は4~5月は中の芯が柔らかいので、湯通しして冷凍したら、一年間佃煮で使えます。7月になると芯が固くなるから、陰干し。実が全部弾けて芯を出すので、皮だけにする。山椒を皮だけにしたらめちゃめちゃええ山椒になるんです。
昔から『色の朝倉、香りのぶどう』という言葉があって、基本は色味のある山朝倉山椒を中心に、一瞬香るけどちょっとはかないぶどう山椒を少し入れて、華やかにしています。」
ちなみに、山椒がビリビリするのはサンショールという成分で、基本的には良い山椒であればあるほど、香りの強い山椒であればあるほど、びりびりくるのだそう。
「山椒はミルで引くと香りが飛びやすいので、石臼で挽いています。胴突きといって昔の水車で挽いていた、つき臼でつく。そうすると、こんなにしとっとした山椒になります。」
そう言って辻田さんが差し出した山椒は、目に鮮やかな緑色と素晴らしい芳香が辺りに漂い、その香りをかいだだけで、身体が浄化されたような清々しい気分になります。
ちなみにこちらの山椒は1kg25,000円もする高価なもので、国内の山深い里で、農家と契約栽培されたものを100%引き取っているのだとか。
産地については「秘密です。」とのこと。
実生柚子
辻田さんのこだわり原料の中でも、唐辛子についで思い入れが強い原料が、柚子。
「普通、七味唐辛子には【陳皮】といわれる1kg1,000円のミカンの粉を入れますが、うちでは、1kg20,000円を超える、実生柚子の皮を乾燥させて、半日かけて擦った柚子の粉を使います。」
実際に香りをかがせてもらいましたが、「ふわぁ~」という感嘆の声が上がるほど、さわやかな香りが辺り一面に漂います。
「『桃栗3年、柿8年、柚子の大馬鹿18年』と言われるように、柚子は元来成長の遅い樹です。
種から育てる実生柚子は、植物が自分の力で成長するのに任せるので、収穫までには18~20年かかります。その長い年月の中で、柚子本来の高い香りが育まれるのです。接木栽培だと、3~4年あれば収穫ができますが、実生柚子と比べたら香りが段違いです。
この実生柚子に出会ったのは、40年ほど前の先代の頃ですが、以来うちでは実生柚子ひとすじ。この実生柚子の香りがなくては、うちの七味はできません。」
実生柚子の皮を挽く前に、社長がしきりに柚子の手触りを確かめているので確認すると、「これね。こうやってね。ずーっと見ながらやるんですよ。
柚子っていうのは小っちゃいトゲがあるんですわ。それをこうやって見ながら、手選別しながら確認してるんですわ。
皮と皮の間に挟まってたりする程度やから、その大きさっていうのは、別に食べたとしても、異物と感じられる大きさではないんやけど、あると嫌やからこうやって見ていくんです。」
こういった細部への心遣いも見逃せません。
四万十の一番のり
辻田さんの扱う青のりは、最高級品と言われる四万十のり。
色、つや、香り、細やかさ、四拍子そろった四万十の青のりは、口の中で溶けるように感じ、深みがあります。
四万十のり自体が希少なものですが、辻田さんの七味に入る四万十のりは、1月の厳寒で獲れる一番のりのみ。その収穫量はわずか200kg。
市場に出回らない超希少のりを、惜しげもなく、ふんだんに混ぜていく辻田さん。
「実は僕、青のりの色合いが好きでね。店頭での催事のときは、青のりをようけ入れるんですわ。僕が好きな七味を作るから、本当においしいと思う七味ができるんやと思います。」
ちなみに青のりを多く含んだ七味は醤油と良くからむので、冷奴や漬け物にすると良いそうです。
七味に旬を求める
個性あふれる七つの原料が、辻田さんの手によって見事に調和されていきます。
計量をほとんど行わずに、調合をおこなう辻田さん。
「調合の比率としては全く同じで、決まった分量なんですね。同じなんですけど、僕がこうやって合わすときには分量ほとんど計ってません。
まあ、はっきりいうたら、そのときの分量で、その時の香りと、そのときの旬で一番ええ物を作るっていう形でやるので。そやから季節感はありますね。」
七味に旬を求める。それは簡単なことではありません。7つの原料の旬はそれぞれ違うため、個々の原料の旬に合わせて、全体のバランスを考え、微妙に配合を変えていかなくてはなりません。
辻田さんが注文を受けてから七味唐辛子の配合をおこなうのも、旬と全体とのバランスを考えているためなんだとか。
唐辛子の実演販売
江戸時代には、唐辛子屋が町を売り歩き、客の前で七味に調合していたと伝えられていますが、それをそのまま再現したかのような辻田さんの実演販売に、いつもお客様はクギづけ。
「こうやって調合しながら対面で話すというのは面白い仕事でね。今は、1個450円の七味を社長が売りに来てたら、店回らへんようになるて、よう社員には言われるんですけど。僕も15年くらいしたら60やからね。社長を引退したら、ずーっと90くらいまでこうやって座って、お客さんと喋ってんの内職でしたいですわ。お客さんと喋ってんの面白いから。」そんな辻田さんの軽快で魅力的なトークも手伝って、百貨店の催事では、平均で1時間待ち。最長で3時間待ちの行列ができるそうです。
終わりに
「みなさんが普段口にされている唐辛子の99.9999%が中国産です。
国産原料の唐辛子のみでやっている七味唐辛子は、ほぼない。
うちは国産原料のみで110余年やってきました。
たぶん僕がやめたら本物の七味唐辛子の文化が無くなってしまう。
鷹の爪や実生柚子は、もう自分の魂みたいなもん。これを守り伝えていくことは、日本の食文化を守るのと一緒やと思てます。
だからこれは僕の使命やと思てるんです。」
本物の七味唐辛子をより多くの人に伝えていきたい。
その想いを胸に、辻田さんは今日も実演販売で全国を行脚しています。
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