幸せな夏を過ごしてほしいから【井口登】
八色原が育む極上のスイカ
新潟県:南魚沼市。八海山、越後駒ケ岳、中ノ岳の「越後三山」に囲まれた山間地であるこの地域は、日本一のコシヒカリの産地として全国的に知られています。
その八海山麓に位置する八色原では、南魚沼産コシヒカリと並び、全国に誇るトップブランドの名産品があります。
ファンならば垂涎もの!それが八色原スイカです。
八色原は、土壌が西瓜生産に適している黒色火山灰土、また八海山をはじめとする越後三山を眼前に、周囲を山々に囲まれた盆地地帯で、昼夜の温度格差が激しいという地理的条件にも恵まれています。
日中は夏の日差しで暖められ、早い日没で夜は冷やされます。
収穫までの間、この繰り返しが日増しにスイカの糖度を高め、他にはないみずみずしさと甘みを醸し出し、シャリシャリとした歯ざわり(シャリ感)が夏の涼味を存分に味わせてくれるのです。
南魚沼では「夏といえば八色原の西瓜。八色原の西瓜といえば夏が来る」といわれ、夏の風物詩としてなくてはならない逸品です。
そんな八色原の地で30年にわたり、こだわりの八色原スイカの栽培をおこなっているのが、井口さんです。
味と出来栄えを左右する【着果(受粉)作業】
「スイカ生産は天候の影響を受けやすく、生産者にとっては安定生産が大変難しい作物の代表と言われているんです。4月末から植え付け、8月の収穫時まで毎日気の抜けない管理が続きます。」
スイカ生産の最初の難関は、着果作業。
着果のタイミングは、6月中旬の梅雨の晴れ間。雨続きで土壌が水分をたっぷり含んだ状態が良いのだとか。
ただ、このタイミングがなかなか難しいそうで、
「雨が降って、水分が十分あってちょうどいい感じで、『いいぞ』と思って着花しても、油断はできません。何年か前に、着果後に雹(ひょう)が降り、葉っぱに穴が開いてしまい、弱ってしまって、全滅したこともあります。」
またこの着果工程が、収穫時の品質に大きく左右するのだとか。
「スイカはある程度強制的にこの位置に生らすというのがテクニックなんです。
早い時期で生っている実はちょっと味が落ちたり、空洞ができたりしますし、逆にあとに出来すぎた実は容面積が足りず、張りがなくなって、形はいいんですけど、ちょっと味が落ちたりします。
早すぎず、遅すぎず、いい時期にパッととめるのがものすごく難しいんです。肥料の具合とか太陽の具合とかでも、着果のタイミングが変わりますし。
着果をするちょうどいいタイミングで、生っている小玉を一斉に間引いても、今度は天気が悪くて、つるばっかりが大きくなって、実はなかなか大きくならなかったりとか、その辺の見極めが大事なんです。」
そうおっしゃる井口さんですが、着果のタイミングを見極めるために、天気予報だけに頼るのではなく、湿度や温度、風を身体で感じ取るのだとか。
長年の経験で培われた勘は、天気予報よりも確実に、山の天気をピタリと言い当てます。
こうして無事に着果を終えたあと、スイカの実は、日中の日差しで日に日に大きくなり、寒暖の差によって糖度がグングン増していきます。
その間も、色づきと形を良くするために、毎日スイカを持ち上げて、回します。
日増しに大きくなるスイカの玉は5kgをゆうに超え、中腰の作業なので、腰にもかなり負担のかかる作業なのですが、
「日々成長していくスイカを見ると、嬉しくて腰が痛いのとか忘れてしまうんですけどね。人間って現金なものですね。」と井口さんは笑います。
『あと2日』がポイントの【収穫作業】
収穫は7月終わりから8月上旬の2週間と非常に短く、この間は井口さんの農場では、総出で収穫作業と箱詰め作業に入ります。
「秀品率が高いときは箱詰めもすごく楽なんですけど、自分たちがこれなら絶対というスイカが少ないときは苦しみますねぇ。
天気が良くないと豊作にならないので、何年かに一度、着果時に長雨が続く年もあり、その時は本当に悩みます。」
収穫は、完熟のタイミングをギリギリまで待ってからおこないます。
「大玉で糖度12~13度。なんとか13度までは上げたいと思っています。ただ、糖度14度まで上げてしまうと、糖度は乗るんですけど、シャリ感がなくなってきてしまうので、その辺のバランスが難しいです。」
完熟スイカの見極めは収穫できるサイズになってからの『あと2日』が大事なのだとか。
「収穫までのあと2日でスイカに十分な糖度が乗るので、この2日が大事なんです。
糖度が足りないと、あと口に酸味が残り、食べた後も苦みを感じます。
出荷の担当者には『いつ出せるんだ、いつ出せるんだ』とせかされますが、この2日は譲れません。そんなんで、収穫時はいつも口論が絶えません(笑)」
そんな絶妙なタイミングで収穫された完熟スイカは、やはり抜群の味わい。
食べると、本当にみずみずしくて、シャキシャキして、「あ、これはおいしい!」と、思わず声が出るほど。市販のスイカと水分量が全然違います。そして一面に漂う、得も言われぬ甘い香りが。
「家の一階で完熟のスイカを切ると、上の階まで香りがするんです。
うちの娘がスイカが大好きで、下の階の台所でスイカを切ると、2階にいた娘が『スイカ切ってるの!?』って下りて来るくらいですから。」
思わずうっとりするこの甘い香りは、完熟スイカならではなのだとか。
この、『あと2日』にこだわる井口さんの気持ちが、皮まで甘いワンランク上のおいしさに表れているのだと思います。
大玉スイカへのこだわり
井口さんが完熟スイカと同じくらいこだわっているのが、大きさ。
「やっぱりスイカは大玉のほうがおいしいです。M玉(5~6kg)は、どうしても糖度が上がりませんので。糖度だけでいえば、小玉も14度と甘いんですけど、やっぱり大玉のようなシャリ感が弱いです。
大玉のシャリ感と糖度のバランスは、他のサイズのスイカにはない味わいですし、何よりもスイカは大玉の方が夏らしさを感じませんか?
スイカが好きな方はね、大玉を選ぶんですよ。うちのスイカを毎年注文してくださる方は『なかでも大きいの頂戴』と言ってくるくらいですから。」
そんな大玉スイカ。『冷蔵庫では収まりきらない』という方も多いはず。
そのあたりも聞いてみました。
「大玉だとご自宅で食べられるのに苦労されるという方が、特に都心に住まわれている方に多いと思いますが、大玉を半分に割って、半分は皮付きで楽しんで、残りの半分は、カットしてタッパーに入れて冷蔵庫に入れると、意外とかさばらずにすみます。
また、お客様の中には、夏の風物詩として大玉を食べたいという方や、水を張ったお風呂に入れて、お子さんたちと楽しむという方もいらっしゃいます。」
なるほど。大玉ならではのスイカの楽しみ方がいろいろとあるんですね。
リスク分散と気分転換
そんな井口さんの八色原スイカ。
おいしいスイカを安定的に出荷するために、井口さんはいろいろと工夫されています。
「畑は点在させています。水はけがいいところを選んで。田んぼから畑にするときは、水をしっかり抜いて、土を盛り上げて、堆肥を入れてと、3-4年かけてスイカに適した畑を作ります。
6月頃は、雹がバーッと降ることもあって、何年か前に雹が降った時も、他の農家さんはスイカ畑が密集していたので全滅だったけど、うちはそこの畑だけは被害を受けましたが、あとは無事だったりしたことあります。まあ、格好よくいえば『リスク分散』ですかね。たまたまなんですけど。」
リスク分散の畑にはもう一つのメリットが。
「畑がまとまっていると、効率は良いんですが、同じ畑でずっと中腰になって100mくらいのビニールを剥がしたり、作業量も多くなるので、結構きつい仕事なんですよ。
ちょっと移動して作業した方が気分的にも楽になります。」
スイカのリスク分散だけではなく、井口さんの気分転換にもなっているようです。
【米ぬかが効く】
井口さんの農場では、土づくりにとっておきの工夫があるのだとか。
「良い土づくりのために、堆肥もかなり入れます。あと、うちでは米も作っているので、米を精米した時に出る米ぬかもかなり入れています。この米ぬかが効くんです。米ぬかは窒素分が2%くらいしかなくて、養分としては少ないんですけど、米ぬかがベースで、微生物が繁殖するんで、一番いい素材だと思っています。米ぬかを入れるか入れないかで、スイカの甘さがかなり違ってきます。」
ちなみに、春に米ぬかを入れると、醗酵する際に虫が集まってくるので、秋にどっさり入れて、雪ノ下でじっくり発酵させるのが良いのだとか。
「スイカ畑にしようと思うところは、数年間もみ殻をたっぷり入れます。そうすると地面がフカフカになるんです。それから1~2年手を入れないでおくと非常にフカフカな、スイカ畑に最適な土地ができあがります。」
米ぬかやもみ殻といった、通常であれば産業廃棄物として処理されてしまうもの
ですが、井口さんは大地の実りを最後まで無駄にしません。
『大地からいただいたものを大地に返し、そこからまた新しい実りを大地からいただく』
先人たちから受け継がれている知恵と精神が、井口さんの農場には生きています。
終わりに
井口さんがスイカ作りをおこなうにあたって、最も大事にしているのが、「丁寧な仕事」だそう。
「みんなそれぞれ農家によって、仕事のやり方や仕方が違いますが、私はとにかく、ひとつひとつの作業をしっかりと、きちんとやることが大事だと思っています。
良いスイカ作りに近道なんてものはなくて、丁寧な仕事の積み重ねこそが、結局良いスイカを作る答えだと思っているので。」
井口さんのまん丸大玉スイカで、お客様みんなに幸せな夏を過ごしてほしいから。
炎天下の日差しの下、したたる汗をぬぐいながら、井口さんの丁寧な仕事は続きます。
井口さんのスイカ商品はこちら