阿波に培った和三盆のやさしい味と伝統の製法を守りたい。【岡田和廣】
阿波の国:徳島。
鳴門の大渦や阿波踊りで有名なこの地に、高級和菓子にとってなくてはならない名産品があります。
和菓子の品のあるやさしい甘さを生む、日本古来の製法で精製された白砂糖「和三盆糖」です。
上品な甘みに、やさしい口溶け、近年は和菓子のみならず洋菓子に使われることも多い和三盆糖。普通の砂糖とは違って、それ自体に柔らかい風味があるのが魅力です。
阿波の国の和三盆糖づくりは、安永5年、今から200年余りも前に、故郷の幸せを願う一人の青年:丸山徳弥の決死の努力で、阿波の国:上板町で始まりました。
その後、蜂須賀藩の尽力もあり、阿波和三盆糖の名は日本全国に広がりました。
岡田製糖所
利根川(坂東太郎)、筑後川(筑紫次郎)と並び、日本三大暴れ川の一つに数えられる吉野川(四国三郎)
吉野川の扇状地のはずれ、阿賛山脈の南側に「阿波和三盆の郷」岡田製糖所はあります。
現在は徳島と香川でしか生産されていない和三盆糖ですが、数軒しかない阿波徳島の和三盆製糖所の中で、昔ながらの製法で職人が手作りしているのがここ、岡田製糖所です。
「もともとは、農家の冬場の副業だったために、何代目かも分からないそうですが、江戸時代のご先祖から和三盆糖を作っていたみたいです。」とおっしゃる、岡田製糖所の代表:岡田和廣さんに、製糖所を案内してもらいました。
「竹糖」という貴重なサトウキビ
和三盆糖に使われるのは「竹糖」という在来品種のサトウキビ。
「台湾、キューバ、そして沖縄などで栽培されているサトウキビとはかなり異なり、背丈も比較的低く太さもかなり細いのがその特徴です。成長した段階で背丈は穂の部分を入れておおよそ2m弱、太さは大人の人差し指程度しかありません。
背も高くなく、太くもないので、通常のサトウキビに比べ、単位面積当たりの収穫量を考えると明らかに効率が悪いのですが、生のままかじっても美味しいサトウキビで、この竹糖でないと和三盆の味が出ません。」
そんな和三盆糖の要となる竹糖ですが、現在、栽培されているのは徳島と香川の一部のみ。非常に希少な竹糖なのですが、栽培地域によって味も変わってくるのだとか。
「私たちが仕入れている竹糖の畑は、阿賛山脈の南斜面で吉野川の扇状地にある上板町です。このあたりは水はけが良く、日当たりも良いので、良い竹糖が取れます。
吉野川に近いところでも竹糖を作っていたことがあるのですが、水っぽい竹糖になるので栽培をやめました。」
朝4時からのしぼり作業
「和三盆製造は毎年12月に、竹糖をしぼることから始まります。
この作業が重労働で、搾汁の機械がなかった昭和24、5年までは、石のローラーを牛が回してしぼっていたんです。
以前使っていた古い機械がよく壊れましてね。そうなるともう大変です。搾汁作業が滞ると、あとの工程すべて止まってしまうので。
それでも昔は修理できる人がすぐ来てくれていたのですが、それもままなくなってしまい、新しい機械を入れました。」
岡田社長は苦笑交じりにおっしゃいます。
「昔から冬の間、山間から『締め子』と呼ばれる出稼ぎの方に住み込みで来てもらい、朝も暗い頃から夜遅くまでしぼってもらいました。
搾汁の機械ができてからも、当時の名残りで朝4時からしぼり作業をしています。ただ、今では作業が早いので、昼にはその日のしぼりを終えてしまいますが。」
作業所前の広場に、むき出しで大量の竹糖が野積みされています。しぼりの最盛期には広場一杯に竹糖が積みあがるそうです。
「下手にシートを掛けたりすると、すぐ腐ってきます。乾燥させすぎるのも駄目ですし。とにかく、腐る前にどんどんしぼってしまわないといけないので、毎日追いかけっこです。」
搾汁したあとのしぼりかすだけで、毎日4tトラック2台分あるというから大変です。
ちなみにしぼりかすは畑に戻され、竹糖栽培の肥料としてリサイクルされているそうです。
和三盆糖の味を左右する重要な工程「アク抜き」
続いて案内されたのが、竹糖の搾什液を煮詰めていく「釜場」。
岡田さんに誘われるまま「釜場」に入ると、ほんのり甘い香りと蒸気の中で、職人さんたちが釜に向かって、汗をぬぐいつつ作業をしています。
「竹糖から搾ったままのサトウキビ汁はアクが強く、苦くて食べられるものではありません。アクをしっかり抜かないと、いくら研いでも和三盆糖の色も白くなりませんし。」
眼前の濁った緑色をした砂糖汁からは、とても上品な和三盆糖の味を想像できません。
「アクのとり方は単純です。煮詰めていくとアクが浮いてくるので、それを目の細かい網ですくいとります。釜は直火ではなく、ボイラーを使うようにはなりましたが、作業の仕方は昔とかわらず、すべて手作業でやっています。」
単なるアクぬきですが、和三盆糖の味を左右する重要な工程。
人手と手間がかかる作業なので、化学薬品やフィルターを使っている製糖所も
ある中、岡田製糖所ではすべて手作業。
一釜上げるのに一人が約30分、付きっきりで立ち合います。
温度計も糖度計も使用しない目視と勘がすべての「上げ釜」
アクが抜けたサトウキビ汁は少し飴色になりますが、サトウキビに付着していた砂や泥が混入しているので、そのまま放置して不純物が沈殿するのを待ち、上澄みの部分だけを次の炊き上げの工程にまわします。
「あとはサトウキビ汁を、具合を見ながら煮詰めていくのですが、温度計も糖度計も一切使わないで職人さんの目視と勘だけで仕上がりを判断してきます。職人技的要素が大きく、最も経験を積んだ者が『主炊き』と呼ばれ、その役にあたります。今は、蒸気で炊いていくので焦がすことはないですが、昔は薪で炊いていたので焦がすこともありました。」
炊き煮詰められたサトウキビ汁は木製の釜で撹拌しながら冷やされます。
自然に冷やしながら徐々に砂糖の結晶ができてくるようにするのですが、そのままでは結晶化が進まないので、結晶の種になる砂糖を少し加えながら冷まして結晶化させていくのだそうです。
「以前、木釜をステンレスの釜に変えたのですが、うまく結晶化が進まなかったので木釜に戻したんです。木釜で熱を少し取ったら、今度は素焼きの甕に入れ替え、荒熱をとって、さらに結晶化を進ませます。冷えて固まったのが粗糖です。白下糖(しろげとう)とも呼ばれますが、まあ、白くなる前の砂糖といった意味でしょうか。次はいよいよ『研ぎ』の工程です。」
和三盆糖の真髄「研ぎ」
岡田さんの後について酒蔵のような蔵の中に入ると、何本もの天秤棒に縄がかけられ、石がぶら下がっています。
「白下糖には結晶化した砂糖と液状の糖蜜が含まれるので、白下糖を小分けにして麻布に包み、重しをかけて糖蜜をしぼり取ります。これが『荒がけ』という工程です。
そして、ここからが和三盆独特の精製工程で、荒がけを終えた白下糖を、手水を使いながら練る『研ぎ』という工程です。水分が練りこまれた白下糖をまた麻袋に入れ、重しをかけて糖蜜をどんどん抜いていきます。」
小柄ですが筋肉質な職人さんが、全身を使って白下糖の固まりを練っています。見ているだけでもかなりの体力仕事のようにみえます。
「和三盆糖の名は、研ぎ台がなかった昔、お盆の上で三回くらい研いだから、ともいわれています。当時は三回ほど研いだらおおむね白いとされていましたが、今は4~5回と研ぎを重ねて、より白い仕上がりにしています。
この研ぎ作業は技術的にも難しいし、重労働なので職人さんがなかなか見つからず、技術も継承されないんです。」
先代の研ぎ職人の坂東千代吉さんは、92歳の大往生を迎えるその少し前まで現役だったそうです。
現在は、千代吉さんの息子の永一さんが会社勤めを辞め、父親の見習いを始め、千代吉さん引退後は後を継がれています。
その作業をゆっくりと拝見させていただきました。
薄暗く、静かな作業所の中。手水をつけ、揉むように捏ねるように研ぐ。そして、また、麻布に包まれ、「押し槽」に入れられ、木に縄で石をつるした天秤状の重石で圧力をかける。
この研ぎの工程を4、5回繰り返していくうちに、白下糖はどんどん白くなり、和三盆糖へと姿をかえていきます。
そしていよいよ仕上げの段階。手板で寄せては返し、広げ、また寄せる。まるでお餅のように見えますが、粘度はまったくなく、熟練のなせる業です。
1度の研ぎには1日かかり、気温や湿度、砂糖の性質によって水の量や研ぐ時間を変えなければならないそうです。
均一な砂糖を手際よく練り上げるにも熟練が必要で、職人の手の感覚がすべてモノをいうという、大変な世界。この古い手法を守っているのは、現在では岡田製糖所を含んだ、限られた製糖所のみです。
普通の砂糖では製糖してショ糖分のみにしてしまいますが、和三盆はサトウキビの元の成分がたくさん残っています。製糖技法としては不完全ですが、逆にそれが風味の豊かさを生み出しているのです。
できたての和三盆もいただきましたがフワフワの口溶けでした。
「あとは、ふるいにかけてから、日陰で乾燥させていきます。ふるいにかけたときに、つぶつぶのあられのような塊が残るのですが、これはこれで落雁のふわっと溶ける味わいとはとはちがった口どけと風味で美味しいですよ。」
十分に研がれた和三盆糖は絹のようにきめ細かく、わずかに残った糖みつが、独特の甘い風味を与えてくれます。
こうしてつくられた和三盆糖は、そのまま固めれば干菓子になるほど風味も口溶けもよく、まさに日本人の知恵が込められています。
終わりに
岡田さんは和三盆糖普及のため、一般のお客様にも素材に親しんでもらえるよう、和三盆糖の干菓子も販売しています。
「江戸時代まで輸入しかない贅沢品であった砂糖。それを試行錯誤の末、独自の技術により、日本固有の砂糖文化『和三盆糖』を確立しました。
和三盆の独特の風味と程よい甘さは、お砂糖では味わうことのできないものがあります。
研ぎ職人の後継者のことも含め、これからのことはあまり考えられませんが、阿波の地に培った和三盆の味と伝統の製法を守り、少しでも長く継承していきたいです。それが阿波和三盆糖の製糖所に生まれた私の使命だと思っています。」
200年の伝統製法を守る、愚直なまでの職人の手仕事と、阿波竹糖が醸し出す上品な甘さには、日本の食文化が持つ「あたたかさ」と「やさしさ」が溢れています。
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