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苦労を重ねた国産ライチのパイオニア【三木信雄】

宮崎県:新富町。宮崎県のほぼ中央部の沿岸地帯にあり、夏にはアカウミガメが産卵のため砂浜に上陸してきます。この美しい海、川、台地に囲まれた自然豊かな環境を利用して、古くから果物や野菜の栽培が盛んにおこなわれ、今も宮崎平野を代表する農作物の産地として知られています。

 

そんな農業の町:新富町で、宮崎の新しい特産品ライチを栽培しているのが、「国産ライチのパイオニア」とも言われる三木信雄さんです。

 

衝撃の出会い

元々、芝の養生販売の会社を経営していた三木さん。ライチ栽培を始められたきっかけは観光で訪れたタイだったそうです。

「私は植物の鑑賞が好きで、たまたま旅行で行ったタイでライチを見たのですが、現地のライチは皮が赤かですよ。そいで生のライチを食べてみたら、これがまたプルンとしていて汁気があって美味しかったんです。あっさりしているのでいくらでも食べられますし。今までライチと言ったら、日本の焼肉屋で出てくる皮の茶色い冷凍物しか食べたことが無かったので衝撃でした。しかも向こうではライチは日本の柿の木みたいに昔から家の周りになっているんです。

『これを日本で販売したら大人気になるかもしれん』。

そう思って、帰国後に早速ライチの苗木を取り寄せました。」

 

 

失敗から始まったライチ栽培

こうして始まった三木さんとライチの出会いですが、当初の目論見は見事に外れます。

「最初は苗木をホームセンターや市場に卸そうと思ったんですね。それで栽培を始めたのですが、業者はみんな売りたい、売りたいって来やるけど、よう売り切らんのですね。思うように販売が伸びずに『どうしよう』と日々悩んでいても、ライチは私の気持ちなんぞ関係なく成長し、どんどん実を付けていく。『もう実をとらないかん』と思った時に、『苗木がダメなら、実を売ったらどうだろう』と思いついたんです。
それからライチの苗木ではなく、ライチの実を本格的に栽培して販売することにしました。」

ライチの苗木販売の失敗。
ここであきらめなかったことで、三木さんにはさらに苦労を背負うことになります。

 

植物の本能を活かした自然栽培

「ライチ栽培を始めるにも、周りにライチを栽培している人がいないので教えてもらうこともできず、正直どうしようかと思いました。そんな時、ライチに詳しい人がおるって聞いて、わざわざ訪ねに行ったんです。

ところがそこで栽培されているライチは10本にも満たない本数で、生産というよりも趣味のレベルで、結局、自分で一から始めるしかありませんでした。まあ色々大変でしたね。

ライチ指定の農薬や肥料とかもないので、それこそ日々手探り状態でした。ライチと言うのは南方原産だから、大木になるんですね。だから最初は肥料や水を通常の農作物と同じように与えていたら、ハウスの天井まで届きそうな高さになってしまって(笑)でも花も咲かないし、実も付けない。何でだろうなと疑問に思って色々と悩んでいたら、たまたま手をかけていなかったライチが実を付けていた。

『これだ!』と思いましたね。

私はいままでライチを過保護に育てすぎたんですわ。それからは根域制限をして、水もあまりやらないようにしたら、高さも1m程度にしか伸びず、花が咲き、実が付くようになりました。

あと温度管理も必要です。最低温度は15度以下にならないようにするんですが、秋口の最初だけは外気温と同じ5度くらいにして、寒さに当てないとダメなんですよ。水と同様で寒さがライチに生命の危険を感じさせるんですね。そこから少しずつ温度を上げて、花が咲いたタイミングで15~18度にしていきます。温度を高くするとそれだけ結実は早くなりますが、6月下旬~7月上旬頃が一番状態が良く味も濃くなるんで、その時期に照準を合わせて温度調整をかけながら栽培していきます。ライチは物言わないから難しかっとですよ。」

先駆者ゆえの苦労。

それを打開したのは、生命に危機が迫ることで初めて子孫を残そうとする、植物の本能に基づいた、なるべく人の手を加えない、自然に近い栽培方法でした。

 

アウトバウンドからインバウンドへ

「栽培の方が軌道に乗ったので、今度はライチの実を売りに東京を中心に営業に回りました。ただ、当時は生のライチが国内には流通していなくて、輸入物と同じくらいに思われている方も多く、価格も非常にたたかれました。一部は売れたりもしたんですけど、長続きしなかったですね。『こらぁ、なかなか販売は難しいな』と思って、営業はあきらめて、ハウスを開放して「摘み取り園」を始めたんです。そしたら、ライチの摘み取り園なんて今までなかったもんだから、地元のテレビや新聞が取材させてくれって来たんです。地元のテレビや新聞で取り上げられると、お客さんがいっぱいいらっしゃって、それがまた口コミで広がって、今度は東京のTV局が取材に来たりと広がっていきました。すると不思議なもんですね。今まで営業かけてた時は相手にされなかったのに、営業をまったくせんでも『取引したい』って声がかかるようになって。今は断る営業をせなならんようになりました(笑)」

摘み取り園から、その美味しさが口コミで広がった三木さんのライチ。
土・日になると摘み取り園には500~1000人もの来場者があるそうです。

 

MADE IN JPANクオリティー

「ライチは基本的には手をあまりかけないほうが良いのですが、摘果と摘み取り時期だけは別です。ライチは1枝に数千の花を付け、そのほとんどに米粒大の実がなるのですが、そのままにしておくとどれも実が大きくならず、甘さも乗りません。数千の小さな実から何回かに分けて摘果をすることで、大きく質の良いライチの実に仕上げていきます。

海外のライチは実がなるままにしているので、大きなライチが少なく、甘さも弱くて果皮の赤色も薄いんです。また向こうは露地栽培なので、中に虫が入っていることがあり、日本に輸入される際には必ず消毒をおこなってて、その分、風味が落ちるのかもしれません。

摘み取り園には中国の方もよくいらっしゃるんですが、うちのライチを見て『こんなに色が綺麗で大きなライチは見たことがない』と驚かれるんです。せっかく国産のライチを作っているんだから、品質にはとことんこだわらないと外国産との差別化が図れませんからね。」


とことん品質にこだわる事で付加価値を付け、安い海外産との差別化を図る。日本のモノづくりを地で行く三木さんのライチは、1玉1,000円近くする高値ながら、予約分で完売してしまうほどの人気です。

 

簡単なことが難しい

三木さんは国産ライチのパイオニアとして後進の育成にも力を入れていますが、これがなかなか難しいのだとか。

「ライチ栽培は手をなるべくかけないほうが良いと言いながら、じゃっどん手をかけないというのがなかなか難しかとですよ。今、佐賀でもライチ栽培をおこなってて、ハウスの温度管理はコンピューター制御なんですが、本来気温が下がる夜間に温度が下がらず、芽がまばらになってしまったことがありました。佐賀の担当者はとても熱心。熱心がゆえに色々と手をかけてしまう。先日も農園を見に行った時に、本来ライチの枝が上に向かなくてはいけないところ、一番先の枝が地面につくほど垂れているんです。それを見て担当者に『これはなんでこうなるか分かっちょるか?水と肥料が多すぎる。大地は物言わんちゃけど、木を見れば分かっちょうが。だから水と肥料を少なくしていかないかんちゃ。』そう言っても、心配だからまた肥料と水を入れてしまうんですね。
簡単なことが難しいんです。単純なことが。何もしないほうがいいくらいなのですが。」

手をかけないことの難しさ。パイオニアとしての苦悩は指導者になっても続いています。

 

終わりに

「国産のライチ栽培は軌道に乗りましたが、まだまだやりたいことがたくさんあります。まずはライチの無農薬栽培。これまでもライチ本来の味わいを活かすため、化学肥料を使わず、減農薬栽培でおこなっていましたが、今は微生物の力を利用した有機肥料や天敵による害虫駆除などを一部ハウスで実践しています。
また2年前に佐賀県:基山町にも新しい農園を開設しました。
2020年から本格的にオープンします。将来的には全国の100万都市の近隣に摘み取り園をオープンしたいですね。国産ライチの美味しさをより多くの人に知ってもらえたら、これほどの喜びはありません。」

御年70歳になる三木さんのライチに対する情熱と夢は果て無く、宮崎の晴れ渡る空のように、無限の広がりを見せています。

 

 

三木さんのライチ商品