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喜ぶ顔を思い浮かべて【菅野千秋】

イーハトーブ:日本一のりんご
岩手県奥州市江刺地区。奥州藤原氏発祥の地であり、景勝地:種山高原の風景と夜空に降り注ぐ満天の星空は、宮沢賢治がこよなく愛し、イーハトーブ(理想郷)と呼びました。代表作である「風の又三郎」や「銀河鉄道の夜」のモチーフになったといわれています。

そんな江刺の地で日本一ともいわれる品質を誇るのが「りんご」です。江刺のりんごは食感・味わい・香りに優れ、その食味の良さから市場でも常に高値で取引され、2019年の初競りではサンふじ1箱(10kg)に140万円の値が付きました。

そんな江刺でも特に美味しいりんごを栽培すると評判の生産者が菅野千秋さんです。

江刺リンゴ発祥の地

「国のりんご団地造成事業により、江刺でりんご栽培が始まったのは昭和49年。私の父:光信も、5名の生産者と共に江刺市伊手地区の土地21haを開墾してりんご団地を造成し「伊手りんご生産組合」を立ち上げました。以来50年近くこの江刺の地でりんごを栽培しています。」

矮化(わいか)栽培

菅野さんの車に乗り込み、圃場を見せていただくことに。園地内は赤く色づいたリンゴが鈴なり状態で、見るからに美味しそう。ただ、我々がイメージするリンゴの木よりも背が低い気がします。

「江刺のりんごは矮化栽培が特徴です。りんごの木を低く育てて、木と木の間隔をあけることで陽の光が隅々まで入り、しっかりと管理作業ができるようにしています。りんごは収穫までに摘果・葉摘み・玉回しなどの作業があり、そのたびに脚立を使っていると労力もかかりますし、どうしても目が行き届かない場所が出てきます。りんごの木の間隔をあけて、低く育てることで、人の手の届く範囲で作業ができます。作業効率も良いですし、隅々まで目が行き届きますから、結果として美味しいりんごが育ちます。」

りんご一玉一玉に目をかけるために行き着いた矮化栽培。江刺のりんごが美味しい理由の一つです。

 

食味と色味

「葉摘みは1玉に3~4枚程度と必要最小限にとどめています。葉が多いほうがそれだけ光合成がおこなわれて、りんごに糖分が行き届きますから。他産地ではりんごを色づかせるために、それこそ玉が丸見えになるくらい葉摘みをおこなっています。
葉取らずりんごと言われる商品もありますが、それでも江刺のりんごよりも1玉あたりの葉の量は少ないです。」

実際に葉摘みが終わった菅野さんのりんごの木を見ても、りんごが隠れるくらい葉が残っています。

「ただ、味さえ良ければよいとは思っていません。やはりお客様がりんごの箱を開けたときに『美味しそう!』って感動する色じゃないと。そのために玉回しは必ずおこなっています。どんなに大きくて形が立派なリンゴでも美しい色があってこそだと思っていますので。そのためにも手が届く範囲で管理ができるこの大きさ(の木)が大事なんです。

 

りんごに限らず樹木は樹齢が重なると大きくなり、老化により病気にかかりやすくなります。江刺でも樹齢50年を迎えようとしている木がありますが、高さがあるため脚立を使わないと作業が出来ず、また病気にかかりやすいため管理も大変で、どうしても目が行き届かないところが出てきます。古い木を若く元気な木に植え替えることで、常に管理がしやすく病気にかかりにくい状態を維持するのが、美味しいりんごを作る秘訣です。」

食味と色味、どちらも両立させるための苦労を菅野さんは惜しみません。

恵まれた環境でも胡坐をかかない

その場でもいでいただいたリンゴをかじると、これがとても美味しい。もぎたてというのはもちろんですが、他の産地にはない「濃さ」があります。
--どうしてこんなに濃い味が出るのでしょうか。
「やはりこの江刺伊手の環境が良いのだと思います。伊手は山々に囲まれた盆地のため、日中は暑く、朝晩は寒い。この寒暖差によってリンゴに甘みとコク、そしてシャキシャキとした食感を与えてくれます。

それと土もありますね。
岩手県の地層分布図を調べると分かりますが、ちょうど江刺を含む10kmの幅で砂土の地層が岩手県の南北を縦断しています。この砂壌土が果物づくりに最適なんです。果物は収穫手前で窒素を吸うとえぐみが残る事があります。でも砂壌土だと肥料切れが良いため、収穫手前で肥料を切ると窒素がスッと抜けるんです。だからこの10km幅の砂壌土ラインで採れたりんごは食味がとても良くて、えぐみも渋みも何もないです。

そしてこれが一番重要だと思うのですが、私は食卓にいるお客様の顔を想像しながらりんごを採っています。他の産地では『何日までに入れればいくらになるから、青くても良いからとにかく出してください』とバイヤーさんに言われて、熟さないリンゴを一生懸命採って出荷しているという話を聞きます。私は味が乗るまで待って、お客様が家で食べたときに美味しいと言っていただけるような状態で出荷しています。その辺の考え方の違いが味の違いになってくるのだと思います。」

果樹栽培に恵まれた環境下にあっても、常にお客様の顔を想像して仕事をする。そうした菅野さんの真摯な姿勢がお客様からの支持につながっています。


十全の備え

「うちの農園では今32種類のりんごを作っています。単純に売る事だけを考えれば、ふじだけを作った方が効率も良いのですが、ふじの味が口に合わない人もいるかもしれない。人の味覚は十人十色ですので、十人全員が『菅野農園のりんごは美味しい!』と思ってもらえるように、りんごの品種を色々と揃えていくというのが私の考えです。幸い日本のりんごは品種も多く、毎年のように新しい品種が出てくるので、美味しい品種を見つけるとどんどん取り組んでいます。」

--なるほど。でも少量多品種栽培というのは管理も大変ですよね。

「確かに大変です。リンゴの味がどれも違うように栽培方法もどれも違う。人間と一緒でみんな個性が違いますからね。その個性の違いを観察しながら栽培方法を決めてやっていくのですが、なかなか思い通りにならないこともあり試行錯誤の連続です。ただ、栽培方法がうまくいったときは本当に嬉しいですし、楽しいですね。」

 

菅野さんが栽培するりんごは、幻のりんごと言われる「ぐんま名月」、次世代の早生種をけん引していくであろう「江刺ロマン」、1玉2,000円の値を付けることもあるプレミアムりんご「はるか」などバリエーション豊富。「食べたいりんごが見つかる」菅野さんのりんごは老若男女あらゆる世代に喜ばれています。

 

産地競合から産地交流へ

「新しい品種を求めているうちに全国を回り、全国のりんご生産者と交流を持つようになりました。多分りんご業界の中でも私が一番友達が多いと思います。そうやって皆さんから得た情報を元に、栽培方法や肥料を研究した結果、美味しいりんごを育てられています。これは私一人の力ではなくて、全国の生産者の皆さんがいたからこそです。だから私も、自分の得た情報を皆さんに伝えています。『持ちつ持たれつ』これは農業に限らず、すべてに通じると思います。」

--農業というと、どちらかというと閉鎖的なイメージがありますが。

「一昔前までは農業は産地競合と言われていて、他県からの視察には研修費という名目でお金を請求していた産地もありましたが、今は違います。農業人口が減り、生産量が落ちてきている中で、海外から安い輸入品が入ってきています。そんな時代に日本国内で競っている場合ではなく、日本全国の生産者が一致団結して、良い品質の果物をしっかり作って海外と戦っていかなくてはいけませんし、また海外にどんどん進出していかなくてはいけないと思っています。だから私は積極的に他産地の人と交流したり、勉強会や青年大会をこの江刺の地で
開いて、私の持つ経験や知識をどんどん広めていきたいと思っています。」

 

終わりに

高校卒業後はコンピューターの専門学校に入り、卒業してからは地元のIT企業に勤めていましたが、父親の背中を追ってりんご栽培に携わることに。

--ITから農業への転向は大変ではなかったのでしょうか。

「私自身は小学校3~4年の頃からりんご積み込みなど家の手伝いをしていました。小さい頃から農業には慣れ親しんでいましたし、実家はりんご農家だという気持ちがありましたから、大変だというよりはむしろ『戻ってきた』という感じでした。私には息子と娘がいるのですが、二人とも小さい頃から私の仕事を手伝っていたためか、この家業を継ぐために親元を離れて各々勉強をしています。

このことは自分の子供だけではありません。うちの農園では地元の保育園や小学校のりんご狩りや高校の職業体験、大学生の泊まり込みの実習も積極的に受け入れています。

 

そういった農業体験を通じて、子供たちの記憶に残すことで、一人でも二人でも良いので、いつか江刺のりんご作りに戻ってきてくれることを願っています。」

『生まれ育った故郷:江刺伊手の美しい田園風景を次世代に残したい!』
そうおっしゃる菅野さんは、保育園の子供たちが来るときは必ず最後に「将来はおいちゃんと一緒にリンゴ作りしようね」と約束しているそうです。

その約束が20年後に実現する日を夢に見ながら、未来に向け、江刺のりんごを通じて永続的に喜びの輪を広げています。

菅野さんのりんご商品