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果物の貴婦人【富浦町】

大原駅を見学した後、再び左手に太平洋を眺めながら車を南へ走らせ、鴨川を抜けてから今度は山道を走ること約1時間45分ほどで南房総市富浦町に到着。

東京湾を望む房総半島の南西部に位置する富浦は、温暖な気候を活かしたびわの栽培が盛ん。富浦でびわ栽培が始まったのが宝暦元年(1751年)と言われ、以来270年以上にわたり、栽培技術が受け継がれています。
長崎県に次ぐ全国2位の出荷量を誇る千葉県の、実に8割以上の生産量を南房総市が担っており、全国有数のびわの産地として知られています。
南房総で栽培されるのびわは「房州びわ」と呼ばれ、明治42年からは毎年皇室へ献上されており「果物の貴婦人」とも称される初夏を代表する味覚です。

 

今回は、そんな房州びわ発祥の地・富浦で、代々びわ作りを続ける和泉澤さんを訪ねました。
案内されたのは、海を見下ろす急斜面のびわ畑。
びわの木が立ち並び、その枝には袋に覆われた実が無数にぶら下がっています。まるで山一面に小さな提灯が灯っているような光景です。

「びわは本当に手のかかる果物なんですよ。」

そう話す和泉澤さん。
びわは寒さに弱く、冬の寒波や春先の強い日差し、風や虫など、あらゆる外敵から守らなければなりません。そのため、一つひとつの実に手作業で袋を掛けて育てていきます。

「びわは一房にたくさん実が付くんですが、そのままだ栄養が分散され、実が大きくならないんです。だから良い実だけを残して摘果して、さらに袋を掛ける。全部手作業です。」
袋掛けされた実は、春の陽射しを浴びながらゆっくりと育っていきます。

 

畑は立派な石垣が積まれた段々畑になっています。

「この段々畑は、祖父が良質なびわ作りのために、日当たりが良く、水はけの良い急斜面の岩山を求め、石屋さんと何年もかけて岩を切り崩し、石を積み上げて築いた畑なんです。」

えーっ!良いびわを育てるために岩山を切り崩したんですか?!
まるで『半日村』のようなエピソードに、お祖父様のびわにかける情熱がひしひしと伝わるエピソードです。

「祖父のおかげで、南西からの潮風を受ける宝のびわ山が手に入りました。岩山は土が浅く、水切りが良い上に、精一杯土に根を下ろそうとするびわの木が濃い風味の果実を育んでくれるんです。」

そんな話を聞きながら畑を歩いていると、和泉澤さんがびわの実の袋を一つ開いて見せてくれました。

中から現れたのは、卵よりひと回りは大きいサイズのびわ。一般的なびわのイメージをはるかに超える大きさです。

 

 

「これは3Lサイズですね。房州びわは多産地に比べて大玉傾向で、サイズの基準も異なりますから、他産地だと4Lや5Lくらいの大きさになりますね。滅多に収穫できないのですが、これよりひと回り大きい4Lサイズもあります。」

房州びわの大きさに驚きつつ、収穫したばかりのびわをいただくことに。

皮をむくと、ふわりと甘い香りが漂います。果肉は驚くほど肉厚で、果汁がしたたり落ちるほどの瑞々しさ。一口かじると、上品な甘みが口いっぱいに広がります。しっかりとした甘さがありながら、後口は爽やか。
『果物の貴婦人』と呼ばれる理由が良く分かりました。

「びわは桃やバナナのように収穫後に追熟しないので、樹の上で完熟させる必要があります。完熟を待つ間に、鳥に食べられたり、落果したりするリスクも増えますが、自分たちが食べたいと思う、最高に美味しいびわをお客様にお届けしたいですからね。」

そう語る和泉さんの表情からは、この仕事への深い愛着が伝わってきました。

 

追記:
せっかく富浦まで来たので、「原岡桟橋(岡本桟橋)」へ立ち寄ることに。
海へ向かって真っすぐ伸びる木製の桟橋は、まるで映画のワンシーンのような風景。
夕暮れ時になると東京湾越しに富士山が見えることでも知られ、近年は多くの写真愛好家が訪れる人気スポットです。

桟橋の先端まで歩いて海を眺めていると、穏やかな東京湾の向こうに富士山の姿。一方、内陸へ目を向ければ、びわ畑が点在する富浦の丘陵地帯が広がり、海と山が近い南房総ならではの景色が広がっています。

和泉澤さんから伺った「潮風がびわを美味しくする」という言葉を思い出し、なるほど、この土地だからこそ育まれる「房州びわ」なのだと深く納得しました。

派手さはないけれど、穏やかな海と豊かな山に囲まれた富浦。
そんな風土の恵みが、一粒のびわにぎゅっと詰まっているように感じたあじたびスタッフでした。